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※2018年9月の体験です。施設の営業状況は最新をご確認ください。
奥尻島には、大きな観光施設はありません。
でも6泊7日、島を歩いてまわって思いました。この島は「見る」島ではなく、「過ごす」島なのだと。70代の私が実際に歩いた場所を、順にご紹介します☺️
鍋釣岩——島のシンボルは、あの地震に耐えた岩
奥尻島といえば、この岩です。フェリーターミナルから歩いて10分ほど。誰でも行けます。
名前の由来は、鍋の取っ手(つる)に似た形から。滞在中、何度も見に行きました。

この岩は、1993年の北海道南西沖地震にも耐えました。あの夜、島の多くのものが失われたなかで、この岩は残った。そう思って眺めると、ただの奇岩ではなくなります。
そして民宿の方に、こんな話をうかがいました。お正月に、鍋釣岩の真ん中から朝日が昇ることがあるのだそうです。滅多に見られるものではないそうですが——いつかその日に、この島にいてみたいものです🌅
宮津弁天宮——赤い階段の先に、1200年
宮津地区の海に突き出た岩山の上に、朱塗りのお宮があります。宮津弁天宮。奥尻町の指定文化財です。


下から見上げると、朱色の階段が岩山の上まで一直線。正直、「これを登るのか」と思いました(笑)。手すりをしっかり握って、ゆっくり登ります。
登りながら、私は段を数えていました。途中の踊り場までが83段、そこからさらに78段。合わせて160段ほどありました(数えたのは私ですので、多少の誤差はご容赦ください😊)。


登ってから知って驚いたのですが、この岩山、ただの岩山ではありませんでした。
- 神社が創建されたのは文政年間(1818〜1830)。宮津の漁民が、海上安全と豊漁を祈って建てたもの
- その後、広島の厳島神社から宗像三女神が祀られた
- この岩山には9世紀ごろのオホーツク文化の遺跡と、16〜17世紀のアイヌの砦「チャシ」の跡があると考えられている
- その「チャシ」が、宮津の旧名「茶津」の語源になったといわれる
- 島内でいちばん古い神社祭祀の場所(現地の説明板より)
奥尻海峡を行き交う舟を見渡せる場所。神社が建つずっと前から、島の人にとって大切な場所だったのですね。
息を切らして登った先に、1200年が重なっていました。
青苗岬灯台と、島の景色
島の南端、青苗岬には赤白の縞模様の灯台が立っています。青空に映えて、なかなか堂々とした姿でした。

そのほか、360度見渡せる球島山、震災からの復興を記念して木を植えた復興の森(私は気に入って2回歩きました)、玉石の浜——歩く場所には事欠きません。
そして、神威脇温泉
この記事でいちばん書きたかったのが、ここです。
島の西側にある神威脇温泉。2階建ての建物に、消えかけた手描きの文字。赤い「ゆ」ののれん。決して新しくはありません。


でも、なかに入って驚きました。茶褐色のにごり湯。そして大きな窓の向こうに、海。水平線を眺めながらお湯につかれるのです。歩き疲れた足に、これがよく効きました。
気に入ってしまって、島に滞在しているあいだ、毎日のように通いました☺️
あまりにも、温泉を気に入ってくれたと思ったのでしょうか?ある日、温泉のご主人が私にこうおっしゃったのです。

「あんた、島に移住してこの温泉を継がないかい」と——冗談まじりに、お声がけくださいました😊
もちろん本気にしたわけではありません。でも正直に言うと、ちょっと心が動きました。仕事を辞めて、この島で暮らすのも悪くないな、なんて。70を過ぎてから、そんなことを考えている自分がおかしくて、うれしかったのです😊
毎日通う旅人に、そんな言葉をかけてくださる。それが、この島の距離感なのだと思います。
自衛隊の基地を見学しようとして、断られました(笑)
島にいた終わりのころ、私は奥尻島に自衛隊の基地があることを知り、急遽、見学できないかと問い合わせてみました☺️
結果は、丁重にお断りされました(笑)。
なぜ急にそんなことを思い立ったのか。じつは、わけがあるのです😆
いまから半世紀以上むかしのこと。20代だった私は、相も変わらず東北の地をひとり旅しておりました😊
いまよりさらに好奇心旺盛、冒険心も持ち合わせていた私は、山道を歩いているうちに、知らぬまに立入禁止のエリアに迷い込んでいたのです😂
そこは、自衛隊の基地でした。
もちろんすぐに自衛隊の方に気づいていただき、こんな山道をなぜ若い女性がひとりで歩いているのか、怪しい人物ではないかの確認のため、車に乗せられて基地へ連れていかれました😱
気持ちはもう、地球人に捕まったエイリアン状態です😱左右の腕をつかまれ、そのままずるずると連れていかれ、基地で尋問を受ける。このあと私、どうなっちゃうのかしら——などと思いながらの、連行。
(注意!! あくまでイメージです。実際はとても丁寧にご案内いただきました(笑))
私の妄想とは裏腹に、自衛隊の方々は終始紳士的に対応してくださいました。ひととおりの質問にお答えして、善良ないち日本国民であることを証明できた(笑)私は、すぐに解放されました😊
さらに、当時も車の運転ができなかった私を、最寄りのバス停まで快く送り届けてくださったのです。
バス停までの道のりで、私のことを気遣ってか色々な話をふってくださいました。私の今後の旅が楽しめるような旅情報もくださいました。
あのときの親切を、私はいまでも覚えています。ときどき思い出しては、あのときはうれしかったな、おもしろかったなと、また楽しい気持ちになるのです😊
私はこれを「思い出の配当メモリー」と呼んでいます。私の造語です! 株の配当金と同じで、旅の体験は終わったあとも、思い出すたびに幸せを配ってくれる。まるで高配当株のようなので、そう名付けました☺️
今回も、島に基地があると知ったとき、あのときのことを鮮明に思い出して、ついのぞいてみたくなってしまったのですね☺️
もっとも先方にしてみれば、半世紀たっても変わらず怪しい人物だったことでしょう。
旅というのは、こういうことがあるからおもしろいのです。
🛡 じつは、見学できるそうです
あとから調べて知ったのですが、奥尻島の基地は正式には航空自衛隊 奥尻島分屯基地といって、第29警戒隊という部隊がいらっしゃいます。北海道で唯一、離島にあるレーダーの基地で、24時間ずっと空を見張っているのだそうです。
場所は島の北西、神威山(かむいやま)の山頂。——お気づきでしょうか。私が毎日のように通っていた神威脇温泉の、うしろの山です。知らずに通っておりました。
そしてこの基地、見学希望日の1か月前までに申請書を送れば、見学させていただけることがあるようなのです。山頂の一等三角点も見られるのだとか。私はいきなり訪ねてしまったので、断られて当然だったわけですね(笑)
ご興味のある方は、必ず事前に基地へ直接お問い合わせください。受け入れの状況はそのときどきで変わりますので、私のように飛び込みで行ってはいけません。
日本の空を守っている場所を、この目で見せていただく。それも島の旅のひとつの過ごし方なのだと、あとになって思いました。
「何もない島」ではありませんでした
大きな観光施設はありません。人に自慢できるような有名スポットも、そう多くはないでしょう。
でも私の6泊7日には、朝日の話をしてくれた民宿の方がいて、1200年の岩山があって、毎日通った温泉のご主人がいました。
予定を詰めない旅ができる人にとって、奥尻はとても豊かな島です。
🏝 奥尻島シリーズ(全6本)
🗾 奥尻島は「つまらない?」のか|70代がひとりで6泊7日いた全記録(費用・行程・宿ぜんぶ・奥尻島①)
✈️ 奥尻島への行き方と島の回り方|フェリー・飛行機・そしてバイクとの死闘(奥尻島②)
🏠 奥尻島の宿はどこがいい?|70代が泊まった民宿3軒とウニ・アワビのごちそう(奥尻島③)
🕯️ 奥尻島津波館へ|1993年の地震から25年目の島を、70代が歩いた(奥尻島④)
🍽 奥尻島のグルメとお店|元祖・塩ラーメンと島の食事処6軒(奥尻島⑤)
🚶 奥尻島を歩く|鍋釣岩・宮津弁天宮・神威脇温泉、自衛隊基地への突撃訪問!?70代一人旅(奥尻島⑥)(今読んでいる記事)
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