※本記事にはプロモーション(アフィリエイト広告)が含まれます。
※2017年ゴールデンウィークの体験です。ツアーの催行状況や料金は当時のもので、現在は変わっていることがあります。最新は公式でご確認ください。
※この旅は、離島旅をはじめたばかりの60代後半のころのお話です。(いまは70代、まだまだ島を歩いています😊)
はじめに——目の前に見えるのに、誰もいない島

八丈島の西の海に、三角形のきれいな島が浮かんでいます。八丈小島(はちじょうこじま)。八丈島のどこからでもよく見える、絵のような島です。
でもこの島には、誰も住んでいません。かつては集落があり、学校があり、子どもたちの声が響いていたのに——いまは無人島。
私はこの島に、上陸するツアーに参加しました。
きっかけは「好奇心」——昔話みたいに仲間が増えた
なぜ八丈小島に行こうと思ったのか。理由はひとつ、好奇心です。無人島なんて、行ったことがありませんから☺️
私は昔から、新しいことに興味があるたちです。人と違うことがやりたい。新しいことへのワクワクに魅了されて、島旅を計画する——それが私の旅の原点かもしれません。
渡れるらしいという案内を見つけて、島の「project WAVE」さんに電話をかけました。すると、船のチャーターは一人ではとても手が出ない金額。「お客さんが10人くらい集まらないと行けません」とのこと。私の滞在日程だけお伝えして、あとはご縁にお任せしました☺️
すると数日後、宿に電話がかかってきたのです。「人が集まりました。行きますか?」
もちろん「行きます!」と即答。しかもガイドさんいわく「まだ船に数人乗れますよ。行きたい方がいたらどうぞ」。
ちょうどそのとき、宿の食堂でご一緒していたのが、鳥が好きで八丈島に来たというご夫婦でした。プロ並みの鳥撮影用カメラをお二人で持っていて、食事をしながら鳥のお話を聞かせてもらっていたところ。八丈小島には鳥がたくさんいると聞いていたので、私からお声をかけました。ご夫婦も「行きます」と😆
なんだか昔話みたいに、声をかけるたびに仲間が増えていって、総勢10人ほどの上陸隊になりました。中には八丈島に何十年も住んでいるのに「八丈小島に渡るのは初めて」という方も。地元の方でも、なかなか渡れない島なのです。
漁船で渡る——磯にひょいっと上陸

朝、八丈島の西側・八重根港からチャーター船に乗り込みます。参加者は少人数。八丈小島までは約7.5キロ、船で20〜35分ほどの距離です。
近いのに「なかなか行けない島」なのには理由があります。このあたりは黒潮の影響を強く受ける海域で、波が高い日や風の強い日は欠航。船をチャーターしないと渡れない島なのです。
港のない島なので、船を磯に近づけての上陸です。波のタイミングを見て、ひょいっと岩の上へ。70代には少々スリルがありましたが、船の方が手を貸してくださるので大丈夫。港のない磯に10人乗りほどの小船をぴたりと着ける——いま思えば、船長さんの腕が良かったのだと思います。むしろ、この上陸の瞬間がいちばんの冒険でした☺️
この島は、1969年に無人になった

八丈小島には、昭和44年(1969年)まで人が住んでいました。急な斜面の島で、水にも乏しく、暮らしはとても厳しかったといいます。そしてその年、住民のみなさんは話し合いの末、全員で島を離れました。全島民がそろって島を去る「集団離島」は、全国で初めてのことだったそうです。最後まで島にいたのは、2つの集落あわせて24戸・91人と記録されています。
島を捨てたのではなく、島での暮らしをまっとうした末の、苦渋の決断だったと聞きます。
草に埋もれた、暮らしの跡

島は草におおわれていましたが、通る道はちゃんとあって、ガイドさんの後についてゆっくり歩きました。

小学校の跡地は草が刈られていて、そこに立つと、ふっと視界が開けます。ここで子どもたちが走り回っていたのだなあ——と、しばし立ち止まってしまいました。

歩くと、草原のあちこちに石垣が残っています。家の門柱だったもの。畑の境だったもの。50年近く前まで、ここに確かに暮らしがあった証拠です。
人の声のかわりに、いまは海鳥の声がにぎやかでした。空を見上げると、たくさんの鳥が飛び交っています。人が去った島は、鳥たちの島になっていました。
この鳥はクロアシアホウドリ。国の特別天然記念物アホウドリの近縁種です。あとで知ったのですが、八丈小島では2013年ごろから繁殖が始まり、私が訪れた2017年に、世界でいちばん北の繁殖地になったのだそうです。人がいなくなった島を、鳥たちが選んだのですね。

ご一緒した写真家のご夫婦は、大きな専用カメラでパチパチと撮っていらっしゃいました。私はというと、携帯と、自分の目のカメラに収めました☺️ 鳥好きな人には、たまらない島だと思います。
島から見る八丈島が、絶景だった

意外だったのはこれです。八丈小島から海ごしに見る八丈島——八丈富士のなだらかな稜線が、それはもう見事でした。
八丈小島の人たちは、毎日この景色を見ながら暮らしていたのですね☺️
この島を記録した、一冊の本

この島の暮らしを記録した本があります。『黒潮の瞳とともに——八丈小島は生きていた』(漆原智良)。八丈小島の分校で教えた先生が書いた、島の子どもたちとの記録です。旅の途中で、この本に出会いました。
草に埋もれた石垣の風景を見たあとでは、本の中の子どもたちの声が聞こえてくるようです。島は無人になっても、そこにあった暮らしは、本の中に生きています。
旅の続き——ツアーで生まれたご縁
この上陸ツアーには、もうひとつ、うれしい続きがありました。
ご一緒した中に、八丈島に移住してきた方がいらしたのです。船の上や島を歩きながら話が盛り上がり、私が車を持たずに島旅をしていることも話題に。すると彼女が、「八丈島で、どこか行きたいところはありますか?」と声をかけてくださいました☺️
せっかくのお誘いです。ご一緒にみはらしの湯で仲良く温泉に浸かり、さらに登龍峠まで連れて行っていただきました。どちらも、車がないと行きにくい場所。その話は、温泉めぐりの記事でくわしく☺️
【上陸ツアーの探し方(2026年8月に確認)】八丈島観光協会のホームページに「ネイチャーガイド」の一覧ページがあり、八丈小島への上陸をお願いできるガイドさんの連絡先が載っています。船のチャーターになるため一人では高額で、10人ほど集まっての催行が基本。日程を伝えておくと、人が集まったときに声をかけてもらえることもあります(私のときが、まさにそうでした)。波や風で欠航もある「ご縁の島」。最新の情報は観光協会でご確認くださいね。
まとめ——「無人島」と呼ぶには、あたたかすぎる島

八丈島の目の前にありながら、渡る人の少ない八丈小島。でも、行けるうちに行っておいてよかったと心から思います。
70代でも、ツアーなら上陸できます。磯をひょいっと渡る勇気だけ、忘れずに☺️
島旅では、たびたび人の優しさに触れます。そして、新しい物語が生まれます。その出会いが、次の旅に行く原動力になる。だから島旅は、やめられないのです。
読者のみなさまにも、人生のワクワクを忘れないでいてほしいのです。島旅でなくてもいい。前からチャレンジしてみたかったこと、やりたかったこと。小さなことでも、大きなことでも、なんでもいい。ぜひ、チャレンジしてみてください。
今日が、人生でいちばん若い日です!
📝 70代の足メモ(2017年当時)
・上陸は磯からで、足場は岩。滑りにくい靴が必須です
・島にはトイレも売店もありません。全部済ませてから乗船を
・ツアーは海況しだい。青ヶ島と同じで「行ける日に行く」島です
🗾 これまでに訪れた島の一覧はこちら:日本の離島 一覧|70代の女一人旅で訪れた島の記録
🗾 これまでに訪れた島の一覧はこちら:日本の離島 一覧|70代の女一人旅で訪れた島の記録
📚 八丈島・青ヶ島ひとり旅シリーズ(記事一覧)
コメント